未来塾の英語科講師、竹井先生のもう一つの顔。
それは、アフリカ-はガーナ共和国の中のアチュア村の部族長(昔の呼び方では「酋長」)。

みらいFOCUSの第1回目で、天然痘撲滅のために、アフリカに派遣された若かりし頃の竹井先生のエピソードを紹介しました。

彼が青年海外協力隊の一員として、次に派遣されたのは、アフリカ・ガーナのアチュア村でした。その村は、電気や水道もない、まるで原始に近い村でした。今回は、村落開発普及員という役割で、アチュア村の開発に関して全てを任されていました。しかし、開発には一つの条件がありました。
それは、『お金をかけずに工夫する』こと。

アフリカの小さな村で、日本から派遣された青年タケーが村の人たちとどのように過ごしてきたか、その奮戦記を竹井先生ご自身の書物から抜粋して紹介します。

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アクアーバ ! アクアーバ(ようこそ) !

タケーが村へ行って2日目の朝、長老たちによる歓迎会が行われた。
「アクアーバ、アクアーバ!」と非常に友好的なスタートだった。
その席でタケーは、こう語った。「私はアチュア村に少しでも役立てばと思ってやってきた。村ではどんなことにまず手をつけたらいいか教えて欲しい」
タケーのこの言葉が終わるか終らないうちに、長老たちは、答えのわかった小学生のように目を輝かせた。

「学校を建ててくれ」

「病院を建ててくれ」

「大きな道を造ってくれ」

一人が口を開くと他の長老たちも大げさにうなずいた。

そして要求は続いた。

「泥の家をコンクリートで建て替えてくれ」

「大きい農場をつくって、トラクターを持ってきてくれ」

「職業訓練センターを建ててくれ」

「村には自動車が要る。ぜひ一台買ってくれ」

長老たちの発言はとめどなく続いた。朝7時に始めたこの集まりがようやく終わったのはもう昼近かった。お金をかけずに村にある物を利用し、村人と考え、工夫しながらコツコツと村落開発に取り組むつもりだったタケーは、まだ村入り2日目というのに妙にうすら淋しい気持ちになってしまった。この先いったいどうなるのだろう…

日本で出発前に聞いた村落開発手法と現実はあまりにも違いが大き過ぎた。『お金をかけずに工夫する』という雰囲気はアチュア村にはまったくなかったのだ。青年海外協力隊の民衆志向で村人とできるだけ同じレベルで生活するというスタンスは、むしろ村人の方にある種の失望と戸惑いを生んでしまったようだった。

「外国人がやってきて村に住むのなら、自動車をはじめ便利なものをいっぱい持って来てくれる。そうすれば村人にとっても役立つぞ」
この時の村人の多くはこんなふうに考えていた。

村人のこんな大きな期待を完全に裏切って、タケーはアチュア村の生活を始めた。日本で聞いた通り、お金をかけずに工夫することを考えたが、村人の期待が大きかっただけに、ほとんど良い考えは浮かばなかった。日本を出発する前から難しいのは分かっていたが、どうしようもなかった。

どうせ急には村人の満足するようなことはできないと思ったタケーは、村人たちとの生活を共にした。自分でできることは参加し、できないことでも側に行ってよく見せてもらうようにした。

焼き畑に行く日はついて行って草刈りを手伝った。ラグーンに魚取りに行くと言えば、カヌーに便乗させてもらった。ブッシュの中で子どもたちの罠掛けにつきあったりもした。手伝うよりも楽しませてもらうことの方が多く、これらを通して村人たちとの交際範囲は広がった。もちろんこのくらいのことで、何十年何百年とここで生きてきた村人たちの生活の知恵と工夫に勝る考えが、よそ者の自分に浮かぶとはとても思えなかった。が、それでも村人の日常に溶け込むことで、だんだんと彼らの生活が見えてくるようになった。

次回に続く…

写真提供:竹井先生