命がけの活動

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英語の講師-竹井清先生-の青年時代。海外青年協力隊の一員として、ソマリア、エチオピア、カンボジアなどの国々を訪れました。WHO(世界保健機関)による天然痘撲滅のための活動に参加するためでした。

今から30年ほど前のことです。アフリカや東南アジアなどの地域は、まだしっかりとした医療施設やインフラが整っておらず、伝染病、特にマラリヤや天然痘が蔓延していました。

竹井先生は、現地の人たちに天然痘などのワクチン接種を勧める活動で派遣されたのでした。

竹井先生ご自身も、マラリアにかかり生死をさまよう経験もなさったとか。これはまさに命がけの活動だったのです。

天然痘との戦い

天然痘は、人類の歴史古くから死の病として恐れられていました。感染力が極めて強いそのウィルスは、1950年代でも年間400万人以上の人が死亡したと言われます。
1958年、世界保健機関(WHO)は、「世界天然痘根絶計画」を総会で可決し、天然痘撲滅に乗り出しました。

日本でも、WHOの要請を受け、その計画に参加する若者を募りました。海外青年協力隊の隊員として、東南アジアやアフリカなどの地域で天然痘ワクチンを接種する役目を担う人を募集したのです。

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その中に、若き日の竹井清(先生=以下省略)の姿がありました。

竹井が赴いたのは、カンボジアやエチオピア、ソマリアなどでした。それらの地域では、医療設備や人材が十分に揃っておらず、天然痘にかかった人は何の治療もされず、ほったらかしの状態になっていました。

竹井は、そういう患者をみつけ、ワクチンを接種をするために、整備されていない道なき道を、何日もかけて車を走らせたのです。

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高度4000m級の高地で、週に一度の市場が開かれていました(遠くに見える白い屋根のテント)。こういう所にも竹井はすすんで出向き、天然痘にかかっている村はないかと情報集めを行いました。

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また、クラクションを鳴らし、周辺の村人の注意をひき、集まってきた人にワクチン接種をすすめたり、天然痘にかかっている患者の情報を収集をしたりしました。

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時には、車がスタックすることもありました。
エチオピアとソマリアの国境付近で、砂漠地帯が雨季の到来で湿地帯になっていたのです。彼らは3日間ここで野宿をしなければなりませんでした。竹井は近所の村に助けを求めに行くことにしました。その村までの距離はおよそ40km。彼は歩いて助けを呼びに行きました。

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「1977年のソマリア人青年の患者を最後に自然感染の天然痘患者は報告されておらず、3年を経過した1980年5月8日にWHOは根絶宣言を行った。現在自然界において天然痘ウイルス自体は存在しないとされている。
天然痘は、人間に感染する感染症で人類が根絶できた唯一の例である」(出典、Wikipedia)

WHOの壮大な計画の貫徹には、このような過酷で地道な作業を行う協力者なしでは成し得なかった。現在、私たちが天然痘の脅威を気にせず暮らしていけるのも、彼らの活動のおかげであると改めて知りました。

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竹井先生!!ありがとう!!

写真提供:竹井先生